デス・オーバチュア
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「お見事です」 ビナーを十字に切り裂いたはずの魂殺鎌の刃が、ケセドの右手首で受け止められていた。 ビナーはケセドに庇われるように一歩後ろに下がっている。 タナトスは、この姉妹が同時に存在する姿を初めて見た。 「……ぐっ」 タナトスはケセドの手首に食い込んだ大鎌の刃をそのまま押し込もうとする。 「お姉様!」 心配げなビナーの声、いつのまにか十字剣はこの空間から消えていた。 「…………」 タナトスは妙な違和感覚える。 ただ、双子の姉妹が同時に同じ空間に存在している……それだけの事が物凄く不自然なことのように感じられた。 「……では、そろそろ最終試験……死合い(しあい)を始めましょうか?」 ケセドが左手を軽く振るう。 ただそれだけで凄まじい黄金の輝きと衝撃がタナトスを襲い、彼女を吹き飛ばした。 「私達姉妹がこうして同時に人型で存在するということは滅多にありません。不可能ではありませんが、この状態はとてつもなく効率の悪いので……」 「お姉様……」 ビナーが傷ついた姉の手首に両手を添える。 ビナーの両手が一瞬黄金色に光ったかと思うと、ケセドの手首の傷が最初から存在しなかったかのように消え去っていた。 「ありがとう、ビナー。では、参りましょうか」 「はい、お姉様!」 「何を……?」 タナトスは体勢を立て直し、姉妹の様子を見つめる。 「ケセド・ツァドキエルとは仮の名……我が名はフラガラック! 報復するもの!」 「……それは、あの光輝の十字剣の名前じゃ……?」 「ええ、あの十字剣こそ私の真の姿。意志を持つ魔剣が、長い年月の間に人の姿と声を得た……ただそれだけの話……」 「…………」 タナトスはいつでも攻撃に移れるように大鎌を構え直した。 「私の一方的な嫉妬や八つ当たりだと解っていても……私はあなたに蟠りを持つ……あなた自身は嫌いではない、寧ろ好ましくさえ思えるというのに……」 「……どういうことだ?」 「……私はあなたの良く知る方に捨てられた『物』……ただそれだけの話……あなたには何の罪も無いどころか、関係もない……これはとてもとても理不尽なこと……あなたにとってはいい迷惑だと解ってはいるのだけど……」 ケセドの声はどこまでも悲しげで、自嘲的である。 「…………」 タナトスにはだいたいの事情の察しがついた。 そして、ケセドに対して、すまないといった気分になる。 けれど、自分が謝っても意味がない、いや、謝ってはいけないことだとも解った。 私があの男の代わりに謝罪するというのは、なおさらこの女性を傷つけ、侮辱することになるのだから……。 ならば、自分にできることは……。 「……解った、相手になろう……」 彼女の蟠り、憤りを正面から受け止めてあげることだけだ。 戦闘という形で。 「……感謝します」 タナトスの答えは正しかったようだ。 ケセドは穏やかともいえる微笑を浮かべると、左手を、妹に向けてかざす。 「いつかの約束どおり、お見せします。私の最高にして最強の槍を……ビナー、最後までつき合ってくれますか?」 「あんまり当たり前のことは聞かないでよね、お姉様。あたくし達は運命共同体でしょう? まあ、彼女はあたくしの手で快楽の果てに殺したかったんだけどね……お姉様に譲って差し上げますわ」 「ありがとう、ビナー……あなたが居たから、私は今日まで生きてこれた……」 「それはあたくしも同じですわ。さあ、見せてあげましょうよ、お姉様! あたくし達の力を……!」 轟雷。 いくつもの雷が落ちたかのような轟音と共に、眩い黄金の光がビナーを覆い隠した。 「独りでに鞘から抜け、投げれば敵を切り裂き独りでに鞘へと戻る、あらゆる物をバターのように切り裂く光輝の十字剣……それが私フラガラック……」 ケセドは黄金の光の中へと左手を伸ばす。 「けれど、光明神と呼ばれたあの方の武器は私だけではない。あの方の一番の武器は……光り輝く五つの星……この世で最強の光輝の槍……」 さらに光が爆発するように一際輝きを増した。 「……『貫くもの』という意味の名を持つその槍こそ……」 光がゆっくりと晴れていき、ケセドの左手の中にその真の姿を現す。 「光輝槍ブリューナク!」 ケセドの左手に光り輝く黄金の五又の槍が握られていた。 「……ブリューナク……」 その槍がどれだけ強大な力を持つのか、タナトスには一目で解った。 なんという輝き、美しさ、存在感。 五又の槍はそこに存在するだけで、無限の光輝の力に溢れていた。 フラガラックとは違う。 フラガラックはあくまで護衛用であり、主要武器の隙を埋めるための第二の武器だ。 それに対して、このブリューナクという槍は間違いなくあの男の主要武器。 絶対的な破壊力だけを追求した、最強だけを目指した武器だ。 小技や防御のことなど一切考えていない。 文字通り一撃必殺。 その威力と、その確実性、それだけをコンセプトにアレは創られているのだ。 「…………ん?」 なぜ、そこまでのことが一目で解る? タナトスは自分で自分が不思議だった。 「ブリューナクとはあの方の『力』が一つの方向性を持って形を成したような物……ただ相手を貫くという単純にして絶対的な力、貫くという現象そのものです」 「…………」 タナトスは意識を集中する。 一目で槍の性能を見抜いた時と同じように、考えるまでもなく、ケセドの行動が予測できた。 剣戟、鍔迫り合い……などといった長引く戦闘、技術のぶつけ合いをするつもりは彼女にはない。 ただ単純に彼女は、あの『投げ槍』を自分に向けて全力で投げつけてくる……それだけだ。 それだけで全てが終わるのである。 これは絶対的な予測……いや、確信だった。 「…………」 ならば、自分のすることも一つだけである。 全力の、最強の一撃をぶつけて、跳ね返すのだ。 「……とは言え……」 デッドエンド・ソリュージョンは使えない。 アレは……二種類の力を同時発動することによって行うあの技は……リセットの協力がないと使えないのだ。 リセットはタナトスの『中』で眠ったまま何の応答も無い。 ここは自分だけの力で戦うしかなかった。 自分の力……それは……。 「……これしかないか……」 タナトスの呟きと共に全てが一変する。 空気が、大気が、空間が、その『色』を変えた。 どこまでも冷たく、鋭く、そして禍々しく……。 「……無限の呼吸……永遠不変の循環……死気解放……あああ……ああああああああああああああああああああああああああっ!」 言葉にならないタナトスの叫びと共に、彼女を中心に灰色の風が溢れ出す。 灰色の風……死気の刃がタナトスの周りを渦巻いた。 「流石です。一目でブリューナクの本質を見抜き、己の最強の一撃で応えることにするとは……ですが……」 ケセドは光り輝く黄金の槍を引き絞る。 「一投で五人の敵を跡形もなく消し飛ばす光輝の稲妻……その程度の死の風で遮ることができますか?」 「…………」 タナトスは答えず、ただひたすらに死気の激しさを高めていった。 「では、参りますよ……」 槍の光輝の輝きが増す、輝きでケセドの姿を覆い隠す程に……。 「光り輝く五つの太陽(ブリューナク)!」 その瞬間、五つの雷が同時に落ちたような轟音が、五つの太陽が同時に現れたような輝きが、世界に生まれた。 その力を何かと比較すると言うなら、例えばネツァクの『紫煌の終焉』の約五倍、すなわち五発分。 紫煌の終焉と同等、あるいはそれ以上の威力の光線が五発同時に放たれたのだ。 光線はまさに、稲妻のような激しさ、太陽のような輝きで、世界を、相手を呑み込もうと迫る。 だが、タナトスも無抵抗にその光輝に呑み込まれて消えるつもりはなかった。 「デスストーム(死嵐)……バースト(爆砕)!」 タナトスを取り巻いていた死の気流が瞬時に嵐と化す。 さらに、タナトスが大鎌を振り下ろすと同時に、死気の嵐が大爆発した。 五条の閃光は、爆発する死気の嵐の中を構わず貫いていき、獲物を目指す。 死気の風の爆発は、閃光を掻き消そうと荒れ狂った。 全ては一瞬の出来事。 死気の風はすぐに消え去り、二つの力のぶつかり合いの結果をこの世界に晒した。 黄金の槍はタナトスの左胸を貫き、彼女を壁に突き刺していた。 壁に貼り付けにされたタナトスは、左腕を肩から、右腕を肘から、右足を膝から消滅させている。 あまりにも無惨な姿だった。 死気の嵐が、逸らし、掻き消すことができた光条は五発のうち一発だけ。 いや、本来なら光条の一発一発が、タナトスという存在を細胞一つ残さず掻き消してあまりある威力を持つ以上、残り四発も殆どの威力を死嵐で掻き消されたと言っても良かった。 それでも、結果は、勝者と敗者は変わらない。 弱った三条はタナトスから両腕と右足を奪い、槍本体である最後の光条は見事彼女の心臓を貫いたのだ。 「…………」 タナトスは声一つ発せず、その瞳には輝きが無い。 当然だ、手足を消し飛ばされ、心臓まで射抜かれて生きている人間など居るはずがないのだ。 「……見事です……光に愛されし死神よ……あの方が選んだ唯一人の少女……」 ケセドは一人、湖の上に立っている。 二つの力の激突で、無惨にも全ての木々や石や草など、自然は跡形もなく消し飛んでいたが、不思議なことに湖だけは美しいまま残っていた。 唯一点の変化を除いて……。 「……私の……完敗です……」 透き通るように美しい蒼い湖は、赤く染まっていた。 ケセドの体をつたって落ちていく赤い液体によって。 「武器……物に過ぎない私でも……血は……赤いのですね……」 ケセドの胸の真ん中に魂殺鎌の刃が深々と突き刺さっていた。 五つの光条と死気の爆発を掻いくぐって死神の大鎌はケセドの胸を貫いたのである。 「いいえ、この血も……人の姿も所詮は偽り……私はただの剣に過ぎない……それでも、私は……」 魂殺鎌は独りでにケセドの胸から抜けると、主人であるタナトスの足下の大地に突き刺さった。 「あの方を……愛したかった……」 ケセドは仰向けに倒れ込む。 そして、赤く染まった湖の中へと姿を消した。 剣でありながら、人の……女の心を持ったモノによる茶番劇は終わった。 Dは表情を曇らせている。 見ていて気分の良いものではなかった。 今の自分を支配する感情は哀れみなのか、同情なのか、解らない。 哀れみと同情は少し違う、哀れみはあくまで自分とは違って不幸な者、弱い者に向ける慈悲の感情だ。 対して同情は共感……他人の苦しみ・悲しみ・不幸などを自分のことのように感じることである。 「認めたくないですが、わたくしはあの剣と近いかもしれない……」 理性が邪魔をして、素直に嫉妬や憎しみに狂えないところが似ている気がした。 「フィノーラあたりならさぞ解りやすく、潔い憎しみを抱かれるのでしょうけどね……」 光皇に想いを寄せる現存の魔族はあの魅惑の白鳥だけである。 魔導王と氷夢の女王はすでに故人だ。 「……御主人様を愛するということ自体がこの世でもっとも愚かな行為かもしれませんね……」 その彼女の主人は今、この場には居ない。 つい先程、『逃げられた』ばかりだった。 『武器なんて壊れなくても、もっと良い武器を見つけたり、ただ単に飽きても捨てる物だろう?』 茶番劇を見届けた際、ルーファスの述べた感想はそれだけである。 『あの頃は武器をコレクションする趣味はなかったしね。そもそも化身というか、世界が違うというか……まあ、古い話さ』 そう、あの槍の主人は厳密には光皇ルーファスではなかった。 光明神ルー、ルーファスのとある世界の『神』としての化身と名が彼女の主人である。 ルーファスは、太陽神アフラ・マズダ(絶対善)、光明神ルー、白い神ベロボーグなどのいくつもの『神』としての名を持っていた。 ここで言う『神』とは神族(神属)のことではない。 ルーファスを『神』と崇める世界、国、人々がルーファスを呼ぶ『真名』のことだ。 光、太陽、善などのルーファスという存在の本質を崇める人間はどこの世界にも居る。 速い話、あらゆる世界の太陽や光を司る『神』は全てルーファスの別名であり化身だった。 無限に存在する世界の中心世界であるこの幻想界と違って、他の世界では魔族や神族の本当の名や正体を知る者はまずいない。 彼等は自分達にとって都合の良い、自分達に力を貸してくれる高次元の存在を『神』と、都合の悪い者、自分達を苦しめる高次元の存在を『魔』と分類した。 その結果、ルーファスは善神として多くの世界で崇められることとなる。 光のイメージが人間とってなんとなく善であること、気まぐれで人間を助けることもあった……のが主な理由だった。 「……絶対善……あの方にこれ以上相応しい言葉もありませんね」 Dは、タナトスやクロスあたりが聞いたら絶対に納得できない発言を口にする。 だが、誰よりも光皇のことをよく知るDにとっては、今の発言には一欠片の迷いもなかった。 あの方はこの世で唯一の絶対の善。 一欠片の妥協も迷いも甘さもなく、自らの善……意志だけを貫き通す存在だ。 ゆえに、絶対の善とはどこまでも冷たく、他者にとっては恐怖以外の何者でもない。 ちなみに、光皇と対極を成す魔眼皇はアンラ・マンユ(絶対悪)と呼ばれていた。 最初に生まれた善と悪、光と闇、それこそが全ての魔族の祖、魔界の双神である。 あらゆる世界の神話と価値観の根元を成す倫理的二元論こそ、光皇と魔眼王という現象概念そのものだった。 「さて……わたくしはどうすればいいのでしょうか?」 ファントムの結末を最後まで見届ける? それとも……。 「…………」 Dの姿は暗闇の中へ同化するように消え去った。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |